純パの歴史

西暦(和暦) 純パの会のできごと 優勝チーム MVP 新人王
1981年
(昭和56)年
●1月:雑誌『ナンバー』(No.19/1月20日号・文藝春秋刊)発売。文藝春秋編集委員の宮田親平「七たび生れ変っても、我、パ・リーグを愛す」
●2月以降:共感の手紙相次ぐ。
日本ハム 江夏 豊(F) 石毛宏典(L)
1982年
(昭和57)年
【純パ元年】
●4月18日:「純パの会 第1回懇親会・旗揚げの会」が開かれる(於・教育会館・東京新宿)参加者は8名。
●8月:「関西純パ第1回会合」、「関西純パニュース」第1号発行。
西武 落合博満(O) 大石大二郎(Bu)
1983年
(昭和58)年
●春ごろ:庶務、会計、会報編集の担当者を決めて会組織として最初の運営体制スタート。
●夏ごろ:会報「純パニュース」創刊。
西武 東尾 修(L) 二村忠美(F)
1984年
(昭和59)年
●2月:パ・リーグ6球団と、純パの全会員を対象にアンケートを実施。その結果にもとづき「1983年度・純パの会が選ぶ最優秀選手監督賞」を穴吹南海ホークス監督 に贈ることを決定。(第1回純パ賞) 阪急 ブーマー(B) 藤田浩雅(B)
1985年
(昭和60)年
●3月?4月:合同観戦が盛ん。 西武 落合博満(O) 熊野輝光(B)
1986年
(昭和61)年
●7月:会報定期刊行物化への土台ができる。 西武 石毛宏典(L) 清原和博(L)
1987年
(昭和62)年
●6月:『全日本パ・リーグ党宣言』(角川書店刊)が出版される。大きな反響を呼ぶ。
●8月24日:「新入会者歓迎ならびにオールスター3連勝祝賀会」(於・アサヒビヤホール ローゼンタール・東京新宿)【参加】90名 ゲスト=安部譲二。『全日本パ・リーグ党宣言』の影響で 大盛況。
西武 東尾 修(L) 阿波野秀幸(Bu)
1988年
(昭和63)年
●2月29日:「1988年純パの会総会及び懇親会」(於・私学会館・東京市ヶ谷、【参加】105名以上)で、「純パの会」会則が承認される。
●春ごろ:分科会のはしりとして「純パ・ファイターズ会」がスタート。
●7月:「若手親睦会」【参加】5名。後にYPP(Young Pure Pacific)に発展。
西武 門田博光(H) 森山良二(L)
1989年
(平成元)年
●2月ごろ:分科会「ブレーブス会」が発足。
●4月:『新宣言全日本パ・リーグ党』(KADOKAWA BOOKS)が出版される。
●8月:「会員名簿」(1989年版)が発行される。収載会員数=435名。
●8月:「YPP通信」第1号(会報「純パ」の中にサシコミ)が発行される。
近鉄 ブライアント(Bu) 酒井 勉(B)
1990年
(平成2)年
●5月:分科会「純パ・けやきの会」(埼玉県の木・けやきにちなむ埼玉県関係者を中心にしたパ・ファンの会)が発足。
●6月:純米吟醸酒「純波」(ジュンパ)頒布開始。
●6月:分科会「織音会」(オリオンズ・ファンの会)が発足。
●8月:分科会「ホークス会」が久し振りに開催される(発足年月不明)。
西武 野茂英雄(Bu) 野茂英雄(Bu)
1991年
(平成3)年
●5月:『決定版 パ・リーグの本』(文藝春秋ネスコ刊)が出版される。  「純パの会編」の本は、これで3冊目となる。
●12月:分科会「野牛会」(バファローズ・ファンの会)が発足。
西武 郭 泰源(L) 長谷川滋利(BW)
1992年
(平成4)年
●4月:会報「純パ」第42号(10周年記念号)発行。 西武 石井丈裕(L) 高村 祐(Bu)
1993年
(平成5)年
●4月:東京ドームでの「B&BW会」(ブレーブス会の後身)によるパフォーマンス(「土井ヤメロ」プラカードのデモンストレーション)がガードマンともめつつも敢行される。 西武 工藤公康(L) 杉山賢人(L)
1994年
(平成6)年
西武 イチロー(BW) 渡辺秀一(H)
1995年
(平成7)年
オリックス イチロー(BW) 平井正史(BW)
1996年
(平成8)年
オリックス イチロー(BW) 金子 誠(F)
1997年
(平成9)年
●2月:「球団特集」など会報に新企画が登場する。 西武 西口文也(L) 小坂 誠(M)
1998年
(平成10)年
●4月:一日事務局を毎月開設することとし、この月からスタート。 西武 松井稼頭央(L) 小関竜也(L)
1999年
(平成11)年
●3月:会の運営の見直しが始まり、9月にはその骨格が固まる。
●11月:「純パ・けやきの会」が10周年記念誌「パ・リーグと共に10年」を刊行。
福岡ダイエー 工藤公康(H) 松坂大輔(L)
2000年
(平成12)年
●4月:新運営システムが始動する。 福岡ダイエー 松中信彦(H) 該当者なし
2001年
(平成13)年
●創立20周年に向けた準備が進む。 大阪近鉄 ローズ(Bu) 大久保勝信(BW)
2002年
(平成14)年
●1月:会報『純パ』100号記念号刊行。全148頁(第1球・「純パの会」は最初からフランチャイズ制をとった、第2球・会報「純パ」は外に開かれた扉、第3球・私と「純パの会」?139人の発 言集、第4球・20世紀から21世紀へ?「純パの会」20年全史、第5球・そして、2002年のプレーボール!)
●4月:文京シビックセンター・スカイホールにて20周年記念総会を開催。懇親パーティーでは特別アトラクションとして坂元洋さんによる自作講談「イチロー物語」も演じられる。
●5月:20周年記念・東西合同観戦第1弾開催(関西本部の会員が東京に来て合同で観戦)。第1日・西武ドーム観戦とレストラン「獅子」での懇親会、第2日・千葉マリンスタジアム観戦とレ ストラン「ニュートーキョー・プレナ幕張店」での懇親会。
●8月:20周年記念・東西合同観戦第2弾開催(東京の会員が関西に行き合同で観戦)。第1日・グリーンスタジアム神戸観戦とレストラン「神戸開花亭」での懇親会、第2日・大阪ドーム観戦 。
●9月:「20周年記念!特製絵はがき」を作成、完売となる。
西武 カブレラ(L) 正田 樹(F)
2003年
(平成15)年
●4月:総会で純パ賞チームの廃止を決定。
以後、純パ賞の存否を含めた検討の動きが続く。
福岡ダイエー 城島健司(H) 和田 毅(H)
2004年
(平成16)年
●6月:日経のスクープで大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併が明らかとなる。これに続いて1リーグ化への噂、選手会のストライキ、ライブドアや楽 天の新規参入の動きなど混乱をきわめ、会員のとまどい・不安が広まる。
●11月:純パ賞委員会(仮称)が「純パ賞の復活・存続」を決める。
●12月:納会で参加者の投票(1,2,3位連記方式)で純パ賞を決めることとなり、投票・開票の結果、ライブドア社長・堀江貴文氏に決定。
西武 松中信彦(H) 三瀬幸司(H)
2005年
(平成17)年
●1?4月:堀江氏からの応答がなく、純パ賞は宙に浮く。
●2月:「純パの会」代表・大倉徹也著『わが愛しきパ・リーグ』が出版される。
●3月:元近鉄バファローズ投手の加藤哲郎氏に16年遅れの「純パ賞」を贈る。
●3月:会報「純パ」119号別冊「純パの会が語り継ぐ10人±α」を刊行。
●4月:総会で純パ賞の堀江氏贈賞問題を討議、取消し論も出たが「堀江氏に決定したという記録だけを残す」という意見が大勢を占め、以後の行動中止を決める。
●7月:「純パ賞」の廃止を決定。
千葉ロッテ 杉内俊哉(H) 久保康友(M)
2006年
(平成18)年
●4月:東西(「純パの会」と「純パの会関西本部」)が一元化。関西本部という呼称はなくなり、新たに「関西事務局」が設けられる。関西独自の会報「純パ・ニュース」も 会報「純パ」に一元化される。 北海道日本ハム 小笠原道大(F) 八木智哉(F)
2007年(平成19)年 ●4月:文京シビックセンター・スカイホールにて25周年記念総会を開催。 北海道日本ハム ダルビッシュ有(F) 田中将大(E)
2008年
(平成20)年
●1月:運営スタッフ等の呼称変更、事務局復活。 埼玉西武 岩隈久志(E) 小松 聖(Bs)
2009年
(平成21)年
●4月:前例のない「阪神ファンの会員誕生」(その後退会)という事態が発生。賛成・反対の意見が対立、後に当時の代表・事務局長が辞意。 北海道日本ハム ダルビッシュ有(F) 攝津 正(H)
2010年(平成22)年 ●1月:新しい代表・事務局長を会員から公募し、決定。
●1月:「純パ・けやきの会」20周年、40回目の節目で終了。
●7月:会報「純パ」第150号発行。
福岡ソフトバンク
(千葉ロッテ)
和田 毅(H) 榊原 諒(F)
2011年
(平成23)年
●3月:Twitterによる情報発信を開始。 福岡ソフトバンク 内川聖一(H) 牧田和久(L)
2012年
(平成24)年,
●1月:会報「純パ」第159号で、前年11月に逝去された西本幸雄氏の追悼特集を掲載。
●4月:純パの会30周年記念総会を御茶ノ水・ケーズで開催。
●5月:会としては久しぶりとなる合同観戦を開催(DB?M・横浜スタジアム)、その後西武ドーム、クリネックススタジアム宮城でも開催。
●10月:東京野球ブックフェアに初出展。
北海道日本ハム 吉川光夫(F) 益田直也(M)
2013年
(平成25)年
●6月:純パの会オリジナルグッズとしてマフラータオルを作成。
●9月:合同観戦(QVCマリン、京セラドーム大阪)で初めて球場内のビジョンを使って、純パの会をアピール。
●11月:純パの会が、毎日スポーツ人賞・文化賞部門の候補に推挙される。
東北楽天 田中将大(E) 則本昂大(E)
2014年
(平成26年)
●3月:世界の野球展(原宿・ギャラリーさくら)に参加。
●3月?4月:『僕らが愛したプロ野球80年代パ・リーグ』(スコラマガジン)、『読む野球』(主婦の友社)、『野球雲』(雲プロダクション)などで純パの会が相次いで紹介される。
●7月:広島野球ブックフェアに出展。
福岡ソフトバンク 金子千尋(Bs) 石川 歩(M)
2015年
(平成27年)
●2月:「パ・リーグ歴史散歩」の第1回として東京スタジアム、駒澤野球場両跡地を探訪。当時を知る関係者の参加もあって大いに盛り上がる。
●3月:純パの会オリジナルグッズの第2弾としてチケットホルダー&ネックストラップを作成し、頒布を開始。
●6月:8日の「純パの日」にあわせて、朝日新聞夕刊(大阪本社版)のコラム「葦」にて純パの会が紹介される。
●9月:福岡での合同観戦(HーE・福岡ヤフオク!ドーム)にあわせて第2回目となる「パ・リーグ歴史散歩」を開催し、香椎野球場跡地、平和台球場跡地を探訪。九州だけでなく全国各地の会 員が集まったほか、歴史散歩の様子が朝日新聞(西部本社版)にて紹介される。
●12月:この年から復活した「純パ賞」を、埼玉西武ライオンズを引退した西口文也投手と千葉ロッテマリーンズ応援団のジントシオ氏に贈賞することを決定。
福岡ソフトバンク 柳田悠岐(H) 有原航平(F)
2016年
(平成28年)
●2月:「パ・リーグ歴史探訪(歴史散歩から名称変更)」の第3回目として日本ハム多摩川グランド跡地と旧・川崎球場(現在の富士通スタジアム川崎)を探訪。
●3月:富士通スタジアム川崎が企画した「10.19?あれから10,000日?」イベントに企画協力、運営スタッフとして参加。
●5月:会報「純パ」185号より「ながさわたかひろ プロ野球画報 第三章」掲載開始。
●6月:関西での合同観戦(BsーF・ほっともっとフィールド神戸、京セラドーム大阪)にあわせて第4回目、関西では初となる「パ・リーグ歴史探訪」を開催、阪急西宮球場跡地(現在の阪急 西宮ガーデンズ)・西宮第二球場跡地を探訪。『勇者たちへの伝言
いつの日か来た道』の著者・増山実さんがサプライズゲストとして参加。
●9月:仙台での合同観戦(EーH・楽天Koboスタジアム宮城)にあわせて第5回目、東北では初となる「パ・リーグ歴史探訪」を開催、八木山球場跡地(現在の八木山動物公園)と八木山ベニ ーランドを訪問。
●11月:前年度「純パ賞」贈賞者・ジントシオ氏への贈賞式を、お台場・東京カルチャーカルチャーで開催された「集まれ!プロ野球ファン交流戦!第13戦 ?大忘年会2016?」の中で開催。
北海道日本ハム 大谷翔平(F) 高梨裕稔(F)
2017(平成29年) ●1月:富士通スタジアム川崎「10.19を中心に川崎球場の歴史を振り返る」イベントに企画協力、運営スタッフとして参加。
●2月:「パ・リーグ歴史探訪」の第6回目として武蔵野グリーンパーク野球場跡地と上井草球場跡地を探訪。
●6月:総会で新体制発足。